見どころ情報

「落幡村」村名保存碑

1.「落幡村」村名保存碑
鶴巻地区は昔は、落幡村といい、江戸時代の1830年には、戸数119戸を数えるコメの有数の産地でした。地名の由来にはいくつかの説がありますが、代表的なものは隣村の領主、善波太郎が空を飛ぶ幡曼荼羅(はたまんだら)を射落とし、落ちたところが「落幡」になったと伝えられています。秦野市への合併で小字名となっていた「鶴巻」となりました。

多賀宮

2.多賀宮
コンクリート製の大きい鳥居と軒を接する様にして5坪(16.5平方メートル)ほどの本殿があり、奥は急斜面の土手です。
祭神は、イザナギ・イザナミの命の二柱で「新編相模国風土記稿」によると、多賀宮は落幡村の鎮守様で、例祭はもう一つの鎮守様とともに4月9日でした。

史跡 箕輪駅跡

3.史跡 箕輪駅跡 (伊勢原市笠窪)
奈良時代の古東海道(県内では足柄峠→小田原市国府津→箕輪→相模川以東へ)の駅の跡と伝えられています。馬を置き、国司の送迎や官用に供された施設で、古くから交通の要衝になっていました。

西光寺

4.西光寺
鎌倉時代、源頼朝の家来である和田義盛が、和田氏の乱で討たれたので、この地に住んでいた側室の娘が亡き父を弔うため阿弥陀如来を祭ったのが始まりと言われている。境内には六花苑五世嵐角の句碑があります。「そっと踏め 浮世には 月日の御かげ」と刻まれています。(この世においては、すべての生き物が月の光、日の光の恩恵を受けている。その光を大切に踏みなさい、という歌意です。)

清水左近源隆碩の墓

5.清水左近源隆碩の墓
徳川11代将軍家斉公の侍医・鴨池元淋の甥の隆碩は1784年に生まれ、元淋に学び、村民の治癒に力を注ぎました。
2匹の龍の彫られた墓には、病気平癒の願かけが絶えなかったそうです。

梵天

6.梵天
その昔、出羽三山の修験者が各地を巡回し、ある時、修験者の一人が此の地で、病にて入寂した。土地の人がこれを哀しみ、供養のため、羽黒山先達の了善が願主となり、供養塔を建立し、梵天さんと名付けて供養し、現在に至っています。

和田義盛公別邸跡

7.和田義盛公別邸跡(陣屋)
今の陣屋旅館の辺り一帯は、鎌倉時代に和田家が幕府より配頷した土地で、陣屋旅館の建物がある場所に館があったとも言われています。

道祖神(塞の神)

8.道祖神(塞の神)
街中を歩いていると所々に石像を見かけます。「道祖神」という路傍の神様です。道行く人の無事を守る神・悪霊や災いが外から入ってくるのを防ぐ神として、現在も篤い信仰を集めています。さまざまな形で存在して、鶴巻の人々と生活を共にしています。

弘法の里湯

9.弘法の里湯
平成10年まで旅館光鶴園と鶴巻温泉会館があった跡地を利用して、平成13年1月、新たに市営の日帰り温泉施設としてオープンしました。第1号湯から引湯している弘法の里湯の源泉は、カルシウムの含有量が牛乳並みに多いということです。貸切風呂は、車椅子に配慮した、バリアフリーの施設となっています。

宮永岳彦記念美術館

宮永岳彦記念美術館
秦野市出身の宮永岳彦画伯の遺作400点を収蔵、展示しています。光と影のコントラストを生かした技法により、華麗な女性美の世界を築き上げた宮永画伯は、二紀会の運営にも携わっていました。その多彩な才能を惜しまれつつ、1987年68歳でこの世を去りました。

常夜燈

10.常夜燈
鶴巻温泉が大山詣りの人たちで、は異変に繁盛していた際に、お客様へ感謝のしるしとして、昭和34年1月に光鶴園の主人柘山寿郎氏によって建立されたものです。この常夜燈は、高さ6メートルほどの立派なもので、現在でも鶴巻のシンボルとして、行きかう人々の安全を祈るかのように私たちを見守っています。

南京櫨の道

11.南京櫨(ナンキンハゼ)の道
駅前から東名高速道路方面に向かう市道は、両側の歩道が南京櫨の並木道になっています。南京櫨は、7月頃から花が咲き、10月頃に白い実をつけます。秋の紅葉は見事です。四季折々に変化するこの並木は、鶴巻で最も美しい道路です。

吾妻山

12.吾妻山
日本武尊が、亡き妻おの弟橘媛(おとたちばなひめ)を偲んで、「あずまはや」と声をかけられた伝説の場所であり、そこから吾妻神社が建てられた言い伝えられています。今は社を見ることはできませんが、「吾妻神社」と刻まれた石碑が当時の様子を物語っています。

野仏の道

13.野仏の道
この道が、かながわ景勝50選の一つである弘法山や吾妻山に通じるハイキングコースです。沿道に多くの石仏が見られます。休日ともなると、多くのハイカーでにぎわい、四季折々の自然を楽しんでいます。

石座神社

14.石座神社
神体は、その昔、日本武尊が東夷東征の際に、この地を通遊し腰掛けた巨石とされており、その神体の上に社が建立されたと言われています。境内に至る長い階段の両側の杉林は、市の樹林保全地区に指定されています。

皇国の神の石碑

15.皇国の神の石碑
鶴巻中学校の西側の東名高速道路脇に、鶴巻中学校建設に伴う工事で移設された石碑があります。住民が飼っていた牛、馬、犬、猫、鶏等が死ぬと埋葬されました。「皇国の神」は馬を飼っていた農家の子孫が馬の死を悼んで建てた石碑です(上部前自治会長 岩田富美男氏提供)

天神社の石像物

16.天神社の石像物
鶴巻公民館の上の2差路の地点に、鶴巻天神社の銘板と天神様を奉る石像物があります。鶴巻中学校建設に伴う工事で移設された石像です。鶴巻中学校の建っている場所は昔「天神台」と呼ばれていた丘でした。(上部前自治会長 岩田富美男氏提供)

黄金金神

17.黄金金神
小高い所にかつての古墳の跡である黄金塚があります。碑の周りには、ヒサカキ、ツツジなどが植えられ、「黄金金神」を祭ってあります。正面には「奉勧請黄金金神」と記されています。

極楽寺

18.極楽寺
大木の林に囲まれた曹洞宗の寺。観音堂には、昭和54年に秦野市の重要文化財に指定された十一面観音立像が安置されています。平安時代後期の作で、この頃の寄木造りによる仏像は県内でも数が少なく、安産、子育ての観音として知られています。

八劔明神

19.八劔明神
八劔明神は、平安時代の武将、八幡太郎こと源義家が奥州合戦の折、祈願した所と伝えられています。天正19年、徳川家康が最も早く出した御朱印の一つ、3石をこの八劔明神も賜っています。現在は沼田さんの一族が、10月8日にお札をつくり、神主さんを迎えて手厚く参拝されています。

延命地蔵

20.延命地蔵
約250年前に江戸の商人が88歳の米寿を記念して建てたと言われています。高さが3.7メートルもあり、石で造られた大きな地蔵で、現在も長生きを願う地蔵として、土地の人々に信仰されています。毎年1月23日と8月23日は縁日でにぎわっています。

大ケヤキ

21.大ケヤキ
木の高さ30メートル、根の周囲が12メートルもあり、樹齢600年以上にもなると言われています。県のケヤキでは一番巨大なもので、地元の人々は神の宿る木なので「たたえのき」と言い、大エノキと呼んで親しんでいます。また、縁結びの木として信仰も集め、神奈川県の天然記念物に指定されています。

落幡神社

22.落幡神社
1874年(明治7年)に村内にあった無各社を合祀して落幡神社と称しました。境内に建立されている忠魂碑は、落幡神社氏子の戦没者慰霊の碑です。

善昌寺

23.善昌寺
曹洞宗 極楽寺の末寺として、1664年(寛文4年)に建立され、「曹洞宗 善昌寺」そ記された門柱があります。

おおね公園

24.おおね公園
大根・鶴巻地区のスポーツレクリエーション活動の拠点として、平成15年に完成しました。公園内には、テニスコート・やすらぎの池・スポーツ広場・ゲートボール場・スケーティング場・ジャブジャブ池・ふれあい広場・健康の道・いこい広場・温水プール・わんぱく広場などがあります。

鶴巻親水遊歩道

25.鶴巻親水遊歩道
県道からおおね公園裏に至る大根側沿い600メートルに、アジサイと酔芙蓉が植えられている遊歩道です。中でも10月に咲く酔芙蓉は、朝から夕方にかけて白からピンク色に変化する珍しい花で、散策する人々の目を楽しませています。

大山道の道標

26.大山道の道標
自然石でできた道標で、左大山道、右かない道と示してあります。この道は、江戸時代に伊勢原から大山に登る際、利用した大山詣りの古道でした。かない道というのは、平塚市金目に通じる道で、当時にぎわいを見せていた平塚市の光明寺金目観音へと向かっていた道です。

鶴巻下部の灯篭

27.鶴巻下部の灯篭
第一自治会館前にも道標があり、右大山道、左かない道と刻んである。毎年7月25日から8月18日まで、灯篭立てが地域の人々によって行われています。毎晩ろうそくに火がともされ、200年近くも大山詣りの道しるべとなってきました。

あじさい散歩道

28.あじさい散歩道
平成7年に、善波川の矢茂井橋から上流350メートルにわたり、160本のあじさいを植栽しました。今では6月美しい花が咲きそろい、鶴巻の名所になっています。さらにその下流400メートルに、平成17年の市制50周年を記念して、あじさいが市の花に指定されたのを機に、200本を植栽し、これが大きくなりますと750メートルにわたり、あじさいの花で埋め尽くされます。

鶴巻の田園風景

29.鶴巻の田園風景
どぶっ田と呼ばれ悪水田だったこの一帯は、1978年(昭和53年)に土地改良事業が行われ、左の写真のように、見事な水田に生まれ変わりました。大型耕作機械が入るよう長辺が50メートル・80メートルとなるように整理されました。区画整理の記念碑が当時の偉業を今も伝えています。

根丸島遺跡

30.根丸島遺跡
鶴巻の根丸島は、昭和50年から発掘調査が行われ、現在は、ひかりが丘団地になっていて、その姿はありません。弥生時代中ごろから平安時代頃までにかけての住居跡が701件も発見された大きな遺跡です。土器や石器、金属製品など出土品は数多くあり、この一部は、秦野市堀山下の桜土手古墳展示館に展示してあります。

薬師堂

31.薬師堂
「新編相模国風土記稿」によると、慶長15年(1610)3月に建立され、本堂は4坪(13.2平方メートル)で、まわりには庚申塔、無縁仏などがあります。地区の守り本尊として、現在11軒の信徒が、毎年4月12日に堂内で例祭を開催しています。